CMセミナー2024 「世界を変えたクリエイティブ」~「カンヌライオンズ」最新報告~
SNSやAIなどコミュニケーションの構造そのものが大変革を起こしている今、世界のクリエイターの創ったCMには世の中や社会を変える力があることを実感できます。2024年7月19日(金)、今年のCMセミナーは、世界のCMクリエイティブの頂点に目を向けた内容で開催しました。
【講師:井口理氏、橋本怜悦氏】
・株式会社電通PRコンサルティング 井口理(いのくち・ただし)氏
企業広報戦略立案から、製品・サービスの戦略PR、動画コンテンツを活用したバイラル施策や自治体広報、企業のインターナルコミュニケーションまで幅広く手掛ける。「Cannes Lions」をはじめとするグローバルアワードの審査員や国内の数々のコンペティション審査員長などを歴任。自身も国際的なアワードで数多くの受賞歴を持つ。
・株式会社電通 橋本怜悦(はしもと・れいえつ)氏
メディアニュートラル・戦略PRなど広告業界に新しい概念を生み出した電通とADKによるクリエーティブブティックDrillでの丁稚奉公を経て電通へ。電通では、Panasonic、郵政、HONDA等のインテグレーションキャンペーンを手掛け、2度の「ADFEST」グランプリや「Cannes Lions」など100を数える受賞歴を持つ。
◆はじめに
毎年6月に開催される「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」は、世界最大規模を誇る広告賞です。お二人が昨年末に出版した著書「世界を変えたクリエイティブ51のアイディアと戦略」をベースに、いま世界はどうなっているのか、我々はどうすべきかを、「カンヌライオンズ」受賞作品の事例動画と共に紹介頂きました。その一部をレポートします。
●世界の傾向(1) 「ヒューマニティ」
AIトレンドが2~3年前から世の中に出ているが、やや揺り戻しがあり、少し人間味にフォーカスする流れが大きな傾向の一つ。
【事例】THE MISHEARD VERSION
オーディオ&ラジオとPRのグランプリ受賞。1987年発売のRick Astley「Never Gonna Give You Up」という聴き間違いが多いとされる楽曲を、本人がわざと歌詞を間違えて歌うパロディを制作しTik Tokに公開。イギリスの大手眼鏡チェーン店が補聴器のプロモーションで展開した。聴力検査数5%増が目標のところ、66%もアップ。音や音楽を起点に人々の感情に訴求した事や、消費者に意識変化や行動変容を促した事などが評価されたと思われる。
【事例】In Transit
NYの地下鉄では暴力事件が後を絶たず、特にトランスジェンダーの被害が急増。こうした中、トランスジェンダーへの理解を深めるキャンペーンに起用されたのが、20年にわたり地下鉄の音声案内でその声が使われ、トランスジェンダーであることをカミングアウトしたバーニー・ワーゲンブラスト氏。3月31日「トランスジェンダー可視化の日」に、かつての男性の声による音声案内と現在の女性の声によるアナウンスを組合せて「トランスジェンダーの方はあなたの隣に普通にいる」とのメッセージを伝え、可視化とは耳で聞こえるものでもある事も表現した。
【事例】Meet Marina Prieto
スペインの地下鉄の看板広告がまるで売れていない状況を背景に、フランスの屋外広告最大手「JCDecaux」がB to B的な仕掛けとして実施した事例。キャンペーンに起用したのは100歳のおばあちゃん。何百もの地下鉄広告の空きスペースに、彼女と、フォロワーわずか28人という彼女のInstagramの投稿を大量掲出し、「マリーナ・プリエトに会おう」と紹介した。この仕掛けが見事にバズり、SNS、マスメディア、彼女が訪れたことのない国にまで拡散した。地下鉄は185の新しいスポンサーとの契約が決まり、広告ビジネスは倍増。JCDecauxの予約件数は過去最高を記録した。
●世界の傾向(2) HUMAN ⇔ AIという構図
ヒューマニティの流れにあるとはいえ、AIを活用するケースも増加。今回のカンヌでは、AIを活用した作品は全体の12%。HUMAN⇔AIという構図が鮮明になっており、手の込んだものとAIで置き換えたもの、どちらも評価されている。
【事例】Heinz AI Ketchup
ハインツは、「ケチャップといえばハインツ」というブランディングを長年続けており、「ケチャップの絵を描いて」と言われた人の多くが、ハインツのケチャップを描くほど。ハインツでは、これを実証する社会実験的な広告展開を行った事もあるが、AIにケチャップの絵を描くよう指示した場合も、ハインツのケチャップのようなイラストができ上がる事を、広告クリエイティブの中で証明してみせた。
【事例】VW 70YEARS CAMPAIGN
フォルクスワーゲンのブラジル70周年記念のキャンペーンは、AIを活用したCM動画をSNSで拡散させ大きな話題を作った。ブラジルの国民的歌手、故エリス・レジーナをAIで復活させ、娘で、ブラジルで最も有名な歌手の一人であるマリア・ヒタと初めての母娘共演を実現。その動画をコンサートで公開し、観客全員に動画を送ったところ、24時間後にはブラジル全土に拡がり、1週間でオーガニック・ビューは5000万回以上、インプレッションは20億回以上に達した。フォルクスワーゲンは10年振りに販売数トップとなり、ブランド史上最高の成果を生み出した。
●世界の傾向(3) プラットフォームの有効活用
プラットフォームを有効活用し、その中でどれだけ仲間を作れるかという流れは変わらない。自分一人ではできない事が、連帯することで成果を出す。目新しさではなく、最適なプラットフォームを適切なネタと文脈で活用する。
【事例】The Everyday Tactician
X BOXは、サッカーシミュレーターゲームの発売キャンペーンで、実際のサッカーのプロリーグチームの戦術家を一般人からリクルートした。応募は世界中から殺到し、インプレッションは15億回、X BOXでこのゲームをするプレーヤーは190%に増加。チームスタッフの選考経過がスポーツチャンネルのドキュメンタリーで取り上げられる等、中長期のコミュニケーションとなった。最終的にチームは130年の歴史の中で最も良い成績をあげ、ゲーマーがリアルのサッカーチームを変えられる事を示した。
【事例】GONNA NEED MORE TIDE
洗濯洗剤ブランドのTide。大きいサイズの洗濯キューブ「パワーポッド」の納得感を高めるための展開。コメディ俳優のクメイル・ナンジアニをキャラクターに起用して汚れをフィーチャーしたバイラル動画を撮り、SNSやテレビで流した。するとパワーポッドに疑問を抱いていたネットユーザーらが最大の支持者になり、売上は45%アップ、総インプレッション数103億。売れている洗剤ナンバーワンになった。
特に目新しいプラットフォームでなくても、適切なプラットフォームを適切なネタと文脈で活用した事例。
◆おわりに
数々の最新事例を紹介して頂いた後、お二人は次のように締めくくって下さいました。
生活様式に寄り添ったところで接点を見つけていく。生活者を消費者としてではなく人間として全体を見る。そのような目線で向き合っていくと、日々の生活習慣の中で様々な商品との接点が見つかり、消費者の課題解決に、ブランドが貢献できる事が見つかると思う。
今後は、ここ数年の潮流でもあったパーパスドリブンなキャンペーンよりも、マーケティングコミュニケーションがもう一度見直されていくのではないか。そこに、本日キ-ワードとして挙げた要素が加味されていくのではないかと感じている。
普段、ラジオの現場で仕事をしている私たちにとって、目からウロコ、どころか、目の前に別世界が拡がるようなお話を聴かせて頂き、ありがとうございました。開催されたばかりの「カンヌライオンズ」から、数多くの最新事例を入手して、しかも動画に字幕まで付けてご紹介頂いて、井口さん、橋本さんのお二人に改めて感謝申し上げます。